慶應義塾大学大学院経営管理研究科
特任講師 小池藍
2025年10月10日
毎月、スタートアップ業界に深く関係するデータや資料などを取り上げ、紹介と一言提言を行なう。
前半は資料の要約、後半は資料の内容を受けて筆者が提言を記す。
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今月の紹介資料
「グロース市場における今後の対応」 東京証券取引所 上場部 (2025年4月22日)
https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/um3qrc0000016108.pdf
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要約
日本取引所グループ(JPX)は、グロース市場上場企業(旧マザーズ含む)に対して「高い成長を見据えた経営」を促すため、上場前から上場後にかけた一連の対応強化を打ち出している。主な内容は以下の通り:
1. 上場後の成長促進策
上場後5年経過後に時価総額100億円以上という維持基準への見直し(現行は10年経過後に40億円以上)を、2030年から適用。市場関係者(証券会社、監査法人、ベンチャーキャピタル等)とも協調して、IPO前後の成長可能性を重視する審査・開示を強化。好事例の共有や啓発活動、機関投資家との接点づくりを通じて、市場としての魅力を高める。
2. 「高い成長を目指した経営」の具体的要請
上場会社に対して、過去の成長計画との差異やその原因を定量的に分析し、成長目標と施策を更新すること。KPIを使って定性的でない具体的な指標を設定・開示し、進捗・理由も含めて継続的に報告することが期待されている。
3. 市場の構造・参加者の意見
投資家や証券会社の声として、時価総額100億円を下回る企業は機関投資家からの注目を得にくく、その水準が「最低限」の目安という意見が強い。多数の上場企業が現在この基準未満であり、基準引上げによりスタンダード市場への移行対象となる企業は約200社と見積もられている。
【筆者からスタートアップへの提言】
1. 出口戦略の多様化を考える
IPOだけを最終ゴールとせず、M&Aによる大企業グループへの参加や、国内外の戦略的パートナーとの資本・業務提携、さらには各種ファンドや事業会社への売却も現実的な選択肢として考えておくことが必須である。例えば、テクノロジー系スタートアップであれば大手IT企業への売却により技術を社会実装できる可能性が高まり、地方発のベンチャーであれば地場大企業との提携で販路拡大を迅速に実現できる。出口戦略を複線的に描くことで、資本調達の選択肢が広がり、経営リスクを抑えつつ成長加速が可能となる。また、出口の選択肢を増やすために、起業初期から資本政策には気を配りたい。調達時のバリュエーションを不必要に上げすぎるとのちに身動きが取れなくなる事態になりかねない。
2. 成長シナリオを明確化する
IPOを目標とする場合、創業初期から「上場後5年で時価総額100億円」という基準を逆算し、売上規模、利益率、顧客数、海外展開の進捗など具体的な数値目標を設定する必要がある。例えば、売上を年率30%で成長させるには、毎年の新規顧客獲得件数やリピート率をどう確保するのかを明示すべきである。事業モデルの前提を検証しながら、資本政策・人材採用計画・海外市場進出タイミングを含めたロードマップを策定することで、投資家からの信頼も得やすくなる。これまで以上に厳しい目標到達確度が求められることを心しておきたい。
3. 投資家との対話強化を行う
上場企業に対し、投資家は「情報の透明性」と「戦略の一貫性」を重視する。したがって、決算説明会や個別ミーティングを通じて、KPIの進捗、成長戦略の見直し、リスク要因への対応策を継続的に発信することが不可欠である。特に、国内外の機関投資家を対象に英語での情報発信を行うことも有効であり、海外投資資金の呼び込みにつながる。昨今は、日本のスタートアップへ期待を寄せる外国人投資家が増えていることは追い風だ。トップ経営者自身が積極的に対話に臨むことで、企業の成長意欲と信頼性を強く訴求できる。